岡村陽久の勝手にしやがれ

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【緊急招集】2億の豪邸生まれプレハブ小屋育ちのフィリピン支社長が来日

7月某日 アドウェイズ社長室

 

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アドウェイズ岡村:今日、アドウェイズフィリピンを急成長させた社長が帰国したんですよ。

 

おくりバント高山:社長が一時帰国してるって噂は聞いていますよ。それが今日、緊急招集がかかった理由ですね。確かフィリピン支社は、広告運用をやっている重要海外拠点のひとつなんですよね。

 

岡村:実はフィリピンって、以前はいつ撤退してもおかしくない小さな拠点だったんです。それをたった3年で重要拠点にまで押し上げた彼に、アドウェイズフィリピンの「人儲け」の真髄を教えてもらおうと思って呼んだんです。

 

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坂川:お疲れさまです! アドウェイズフィリピン社長、坂川です!!

 

高山:海の家を関東中心に3店舗くらい展開するオーナーみたいな人が来た。

 

 

優秀な人材が多いのに、離職率が高かった理由とは

 

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坂川:すみません、セブ島は日差しが強いんでどうしても日焼けしちゃうんです……。

 

高山:え、アドウェイズフィリピンってセブ島にあるの!? 毎日がリゾートじゃないですか!

 

岡村:セブ島に拠点を置いた狙いはちゃんとあるんですよ。物価や家賃が安いうえ、実はセブは英語留学の町なので、人材育成もできるし、現地に優秀な人も多いんです。

 

坂川:そうなんです。一流大学から大手企業に就職してキャリアアップのために英語勉強しに来た人や、国家公務員で疲れちゃったからセブで英語勉強しながら暮らそうって人が普通にいるんです。例えば森永製菓のアイス『ピノ』のパッケージデザインとか、食品関係でデザイナーやってた人とかもうちにいて、セブの日系レストランのロゴとかメニューデザインの仕事から広告受注に繋げたりしてくれていて、この間も……。

 

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岡村:オーケーいったんストップ!坂川くん放っておくと5時間くらい喋るので、僕が止めていきます。

 

高山:ありがとうございます。ここまでは優秀な人材が多いって話でしたけど、昔はフィリピン撤退も考えてたんですよね?

 

岡村:業績が上がってなかったんです。それがここ数年で重要拠点になるくらい調子良いってことで聞いてみたら、坂川くんはまず離職率をさげる努力をしたそうなんですよ。じゃあ坂川くん、どうぞ。

 

坂川:はい。離職率を下げられたのは、社員の人生にコミットしたおかげなんです。

 

 

離職率を下げるため、社員のお母さんと一緒に三者面談

 

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坂川:さっきも言った通り、セブは英語留学の町で優秀な人が集まってます。ただそれゆえ「一時的な通過点」というスタンスで長く働くつもりがないから、業務上のスキルを習得する必要もないと考える人も多くて。

 

高山:腰掛けってやつですね。

 

坂川:そこで、まず「2年間働いてくれる人を増やす」という目標を決めたんです。

 

高山:達成するためには、どんなことを?

 

坂川:その人がアドウェイズフィリピンで過ごす2年間と、2年後会社を辞めてからの未来を提示して、会社が提供できるものと本人の夢を徹底的に擦り合わせる必要があったんです。その人のやりたいことに繋がるようなスキルが身につく仕事なら、モチベーションも全然違いますよね。

 

岡村:要は会社の都合で仕事をやらせるんじゃなく、その後「アドウェイズフィリピンで働いて良かった」と思えるような経験を積んでもらえるよう全員と向きあったんですよね。

 

高山:なるほど。でも、その人が本当は何をやりたいかを聞き出すのって結構難しそう。

 

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坂川:社員と距離を置かず、とにかくコミュニケーションを取りました。僕自身の夢も自己開示して向き合って。そうやって時間をかけて仲良くなって、その人の人生と仕事を擦り合わせした結果、うちで働くモチベーションを持ってくれたんです。

  

岡村:素晴らしい。尺はギリギリだったけど。

 

坂川:ありがとうございます。

 

高山:人と向き合うことを徹底した結果、業績がアップした。まさに「人儲け」ですね。

 

坂川:フィリピンっていう場所だからそれができるというのもあって、本社から出張で来た人には驚かれますね。社員のお母さんと一緒に3人で人生を考えたりもするんですけど、「そこまで向き合ってるのはやり過ぎなんじゃないの!?」って。

 

高山:大人の三者面談は聞いたことないな……。

 

岡村:これほどまでに坂川くんが人と向き合おうとするのは、自身の生い立ちも大きく関係してるんだよね。

 

坂川:僕ってプレハブ育ちだったんですけど……。

 

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高山プレハブ!?

 

坂川:ぼく、福井県の偏差値最下位の高校で、さらに成績が最下位の生徒だったところから頑張って早稲田に入ったんですよ。そしたら大学卒業1ヶ月前に福井市の市長だった父親が亡くなっちゃって……。

 

高山:急に簡潔すぎて話に追いつけない……。

 

岡村:人生色々ありすぎですよね。メインはお父さんの話なので、他の色々はダイジェスト的にまとめましょうか。

 

 

ビールケースで作った即席ベッドで眠る少年時代 

 

坂川:生まれた瞬間は大金持ちだったんです。おじいさんも年商が100億ある大富豪で、一族にも政治家とか医者とか弁護士ばっかりで。そこの直系の長男が僕でした。

 

高山:福井の名家の跡取り息子だ。

 

坂川:父も政治家で、福井のテレビに出たり中学の卒業式で偉い人のお言葉としてスピーチしたりして「あいつ話長いな」って言われてましたね。

 

岡村:遺伝したんだね。

 

坂川:そんな家柄だったので、次の総理大臣になるべく育てられていました。「世取り」の書道持たされて記念写真を撮ったこともあります。

 

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高山:総理大臣用の教育プログラムを通ってきたんだ……。

 

岡村:ヤバいよね。

 

坂川:それがおじいちゃんの不動産屋がバブル崩壊で一気にダメになっちゃって。ぼくが小学2年生のときには実家は借金だらけ。急遽2億円の豪邸を売って、余ってた土地に駐車場とプレハブ小屋を建てて引っ越したんですよね。

 

高山:それは辛かったでしょう。

 

坂川:子どもだったからか意外と平気でしたね。ビルの間にある駐車場だったんで日の光も差さないし、雨降ると天井が打楽器さながらのリズムを奏でるし、ビールケースで作ったベッドで弟と母と川の字で寝たり、とにかく極貧だったんですけど、全部面白がってたんです。

 

高山:前向きなんだね。

 

 

ペンを持つこともままならなかったけど早稲田に合格

 

坂川:高校はカラーギャングとか暴走族とかいっぱいいるとこでした。

 

高山:そこでもビリだったってなかなかですよね。

 

岡村:勉強嫌いだったの?

 

坂川:いや勉強って悪い人がするもんだと思ってたんですよね。当時インターネットとかなかったんで、先輩がそう言うから本当だと思ってたんですよ。

 

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高山:痛快なほどバカだったんだね。

 

岡村:それだと坂川くんの親族の医者とか弁護士もみんな悪いってことになっちゃうじゃん。

 

坂川それは気付かなかったです……。勉強をやった悪い人たちが東大とか早稲田に行って官僚になって悪いことしてるんだという思考が育っていって。「良い人間でいれば、大学はお願いすれば入学できる」と先輩が言っていたので、本気で信じていました。

 

岡村:不良なのに性善説が過ぎるな。

 

高山:その世界観なら勉強する理由は何もないですよね。でもそっからどうやって早稲田に繋がるんですか。

 

坂川:高2の終わりぐらいですかね、ふと思ったんです。大学はお願いして適当なところに入ったとして、卒業後働くとなったら東大とか早稲田とかを出た悪い奴らが俺たちの上司になってアゴでこき使われるんだ、それっておかしくないか?って。

 

高山:その理屈でいけば確かにそうだよね。まあ、その理屈がおかしいんだけどね。

 

坂川:でもそんな文句言ったって負け犬の遠吠えになっちゃうから、一度悪い奴らと同じ土俵で戦って、勉強なんか大したことないぞこの野郎って言ってやろうって思って勉強を始めたんです。

 

岡村:そこからよく勉強に入っていけたね。勉強なんて初めてなんでしょ?

 

坂川最初はシャープペンシルの持ち方すらおぼつかなくて、書いてると指もすぐ疲れちゃうんですよね。

 

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高山:そこからかぁ。

 

坂川:でも福井の田舎のプレハブで育って、好きだった映画とか音楽とかテレビは全部遠い東京にあるっていう中で、勉強だけは頑張った分だけゴールに近づく感覚があって大好きになったんです。それから一日中、何やってるときもずっと勉強してました。

 

高山:でも勉強って悪いことしてる感覚はなかったの?

 

坂川罪悪感は、ずっと感じてましたね。

 

高山:罪悪感はあったのね(笑)でもそれで早稲田に合格したんだからすごい。

 

坂川:まずペンを持つところからだったので3年かかりました。2浪でそこそこの大学には合格したんですけど、入学してから「俺がもともと目指してたのってなんだったっけ」と思って、親に相談して退学したんです。バイトしながらまた勉強して、翌年に憧れだった早稲田に入ったんです。

 

岡村:すごいよね。当時ブログとかあったら書籍化してたかも。

 

高山:でもそこからどうやって「人と向き合って一歩を手助けする」みたいな人生観になるんだろう……。

 

 

父の死に様が、生きる上での教科書になった

 

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坂川:バブルが崩壊して我が家は没落したりはしましたけど、父はずっと福井市長を目指して政治家をやってたんです。家でもいつも「自分を育ててくれた福井のために頑張りたい」って言っているのをぼくも母もずっと見ていました。そしてついに僕が大学3年のとき、父が福井市の市長に当選したんです。

 

高山:お父さんの夢が叶ったんだね。

 

坂川:でも、当選してすぐにガンが見つかって、翌年死んじゃったんです。

 

高山:マジか。

 

坂川:当選してすぐに地元の新聞で市の将来設計とかを全部宣言して、あとは実行に移すだけだ、俺は福井のために頑張るんだってタイミングだったんです。そうやって志半ばで亡くなって、ずっと支えてきた母親も本当に悲しんで。

 

岡村:やっと夢が掴めたって瞬間に亡くなってしまったんだね……。

 

坂川:第一歩を踏み出した瞬間だったんです。でもそれはあくまでスタートであって、ゴールじゃない。そんな父の生き様と死に様を間近で見て、一歩踏み出したらまた次の一歩を踏み出してゴールにたどり着かなきゃ意味がないんだなと思ったんです。

 

高山:大学卒業、就職の直前で人生観変わったんだ。

 

坂川:そのときの気持ちが今のアドウェイズフィリピンにつながっているんです。父親の、誰かのために尽くそうとした遺志を継ぎたいという気持ちがぼくの中に生きているんです。

 

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坂川:フィリピンに来てる人たちって、日本で思うようにいかなくて、世界への一歩、別のキャリアへの一歩を踏み出した人たちなんです。でもその次の一歩をどう踏み出すべきか悩んでいるとき、一緒にゴールを見据えて寄り添っていけたら、それは父が福井のためにやろうとしたような意義のあることなんじゃないかなと思ったんです。

 

岡村:すごいでしょ。

 

高山:後半ずっと鳥肌が立ってました。

 

岡村:でもね高山さん、坂川くんのエピソード、まだまだこんなもんじゃないですよ。まだ5分の1も話してません。

 

高山:まじっすか。

 

岡村:また次に帰国するタイミングで聞かせてもらいましょう。替わりに短いヤツ、両親の結婚式の話聞かせてよ。

 

坂川:全然大した話じゃないんですけど、両親は福井市で結婚したそうでそのときの写真見たんです。そしたらなんか市内でパレードやってたみたいで。変わってますよね。

 

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高山:全然大したことあるんだよなぁ……。

 

 

 

 

 

次回もお楽しみに!

 

執筆:勝山ケイ素

編集・構成:いちじく舞